逃亡①

詳細は機密上明かせないが、某有名ロックバンドが20万人ライブという前人未到のコンサートを実現した際の出来事を伝える。

実は当日、
『直ちにライブを中止しなければバンド集団を殺す』
なる殺害予告メールが届いた。
どうせ悪戯だろと興行主の誰もが思ったが、万が一の事があれば惨状を免れ得ない。とはいえ、今更中止すれば、甚大な損失を被るのは目に見えているし、何よりも前日から徹夜して行列をなしているファンの皆様に対して申し訳ない。
そこで、厳戒体制の元で当ライブを実行することとなった。
警備員が3,000人と警察官が320人動員していたが、本部はSPを五百人投入した。その頃SPだった私も、休日のさなかに緊急命令を受け、駆り出された。
入場の際には、全員の持ち物検査をポケットの中身に至るまで徹底し、ライブ中は全てのSPほかスタッフ達も細心の注意を払いながら、観客を後列に渡るまで監視した。上空はヘリも舞っている。
ふと、最前列に、虚ろな目をした男が居た。終始無言で焦点が定まっておらず、身体の動きが一切ない。いかにも不健康そうに痩せていて、肌が青白い。楽しんでいないのは明らかである。
しかし、その男が豹変してステージへ飛び乗ろうが、即座に四方八方から百人のSPが出現して取り押さえる準備は万端である。その後ろには、四百人の猛者が待機し目を光らせている。
持ち物検査で確認済みだが、キサマは銃も爆弾も持っていない。失敗だな。
さあ、もう最終曲だ。
アンコールも全て終わり、全体が静まった。余韻で空気が揺れているせいか、完全な静寂ではない。
その時、最前列の男が動いた。
その男の近くで待機していたSP達が、男へ向かって駆け出した。
その男は、十人のSPによって難なく取り押さえられた。終わったか。

男の周囲に居た観客達が、一斉に、取り押さえているSP達へ飛び掛かった。
待機していたSPが、すかさず暴挙している観客達へ飛び掛かる。
その周囲の観客、その周囲の周囲の観客、いや、20万人全ての観客が、一斉にステージに向かって飛び掛かってきた。

分が悪過ぎる。私は一目散に逃げた。
命は助かったが、もう、古巣には戻れない。射撃訓練においては常に上位で、SPの腕前は重宝されていたのに、SPの任務を投げ出した者が面を出せる場所はない。
現在も私は誰の目にも付かない所で、ひっそりと逃亡生活をしている。



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