会話法

 冷ややっこに、”桃屋の穂先メンマやわらぎ辣油味”を載せて食すと相当美味。

 冷んやりとした豆腐の柔らか食感の最中で、メンマのコリコリ感が突如として出現し、ラー油がピリリと舌先を刺激して尾を引く。
 酒のアテに最適で、日本酒は熱燗の友にして晩酌すれば、料亭気分を味わえる。ニヒルな笑みを浮かべれば、あたかも国家を牛耳る権力者が黒い交際中に意気投合しているかのようだ。

 大学3年生の時、授業が終わると、いつも通り第2食堂(通称ニショク)へ行った。ここのある一角は、私が属するサークルメンバーの溜まり場であり、日頃から連中で俗世の会話を楽しんでいた。
 その日の食堂は、まだ授業中のせいか、人が少なかった。一角に、新しく入ったばかりの一女(イチジョ)が1人でテーブル席に座っていたので、私は彼女の真正面に着席した。



「やっこに辛いメンマをのせて食べたらメチャンコ旨いんだよおーーーー!!」


と、私が言うと、そのイチジョはハァと頷き、下を向いてケータイを弄りだした。



 翌日、授業が終わり、ニショクに行くと、昨日のイチジョとニナン(大学二年生の男子)が二人横並びで座り、楽しそうに会話をしていた。
 私が二男の真正面の席に着くと、会話がピタッと止まり、

 少しの間の後、

「ちわッス!!」
と二男が挨拶した。


 彼の後に続いてドウモとイチジョが言うと、彼女は下を向いてケータイを弄り出した。そして、いささか身体を回転させた。

 こちらから見える彼女は、背中の割合が若干多い。


 二男と、「ヤギチリ(矢木先生の地理)簡単ヨネ」、「イノブツ(猪俣先生の物理)の方がちょろい」等の、単位が取りやすい全学部共通講義の会話をしても、
 彼女は食い付かず、このままイヤホン(嫌phone)はめるんちゃうかーという感じだった。


 そのうち食べ物の話しになったので、私はココゾとばかりに、豆腐にメンマを載せると美味いと力説した。
「ってーか、興味ないコト何回も同じこと言ってるしい〜!!」
 唐突にイチジョが人差し指で私を指刺して言った。
「二度バナ禁止だからハハハ」



 なんだ、その二度漬け禁止みたいな制度は?!……ここは串カツ屋じゃないよ。



 いやいやいやいやいやいやいや。
 嫌。


 私は現在、二男と会話をしていた。
 そして私は二男に対してのみ、話しを掛けていた。二男は、私に対してのみ、返答をしていた。
 そもそも、会話不参加のアナタ(イチジョ)には、会話が聞こえたとしても、それに対して発言する権利は無い。
 更には、現在に於ける我々の会話をワザと聴いたり、内容を記憶する権利も無い。
 それらの理由は、イチジョが私に背を向けて、イチジョが一言も発さない状況から明らかである。
 勿論、イチジョが故意に我々の話を聞いてなくても、イチジョの耳に自然に入り、また、その話しがイチジョにストックされることは、自然の流れなので良しとする。しかし、その情報をイチジョが使用、利用、流用することは許されない。
 よって、当ニショクでの会話の所有権は、私と二男にあり、イチジョには無い。



「可愛い顔してるけど、俺はブスと思ってるよ」とイチジョに言ってやろうか……。

 いや、それだと、私がイチジョを可愛い顔と認めたことになる。しかも、イチジョは私の事が嫌なようなので、私からブスと思われる、いわば、私のみから嫌われることは、双方が嫌い合うということとなり、イチジョからは願ったり叶ったりです。顔の造りだけ客観的に褒めてくれてアリガトとなってしまう。


 私は、どう言えば、女がギャフンとなるのか、アレコレ模索していた。



「キサマには聴覚所有権は無い!!」


 そう言おうとしたら、「じゃ俺達は不二家に行くんで」と、二男とイチジョがガガガと椅子を引いて立って鞄抱えて行ってしまった。