ミス・ド・サノチ (18歳)

東京の大学(東京大学では無い)の合格率がセンター試験でA判定が出たので遊んでいたら二次試験で落ちたので浪人することになった。
某予備校が無料体験受講していたので鈴木君と見学しに行った。鈴木君が”サノチ”を連れてきた。
サノチは、鈴木君と同じく落ちこぼれで、数学テスト受ければ必ず赤点だった。そんな数字に弱い癖毛だが、銀行で出世頭となり、接待にもしょっちゅう駆り出されて御馳走になって帰宅しても、折角晩飯を作ってくれた嫁を敬い、ブクブク太りつつも我慢して食べるという誠実な男になるのは随分後年。
高校時代はガキであり、喧嘩こそしないが悪戯癖があった。

予備校に向かう市バスから降車する際に、サノチが全額分を重ねた小銭を整理券で包み込んで丸めたまま運賃箱に投入し、我々まで運チャンに怒られた。

予備校の食堂で、私がトイレに行ってる隙に、サノチが胡椒ひとびんを御丁寧に麺の下に仕込み、それを私が食して勿論吐き出して騒いでいたら、食堂のオバちゃんに私だけが叱られた。

「この腕時計は凄いんだ。特別な電磁波が出ていて、集中力が増す。試してみ」
サノチに腕時計を借りて、体験講義に臨むと、塾講師が熱心に演舌している最中ビビビビビビビビ!と大音量のアラーム音が、私の腕から鳴り響いた。

腐敗しきった性根を改変しなければ、今後の被害者はますます増すばかりと、私の中の正義感が疼き出した。
私は講義を抜けて近くの古本屋へ行き、書物を読み漁り、サノチをギャフンと言わせる手立てを模索した。
ふと、世界危険生物なる図鑑を手にとる。この手のブックスを閲覧して、身の毛のよだつ生命体に遭遇した場面を想像して鳥肌を立たせるコトが好きだ。熱帯地域に生息する赤いカエルは絶対掲載されてるに違いない。一滴の毒で牛二頭を死なすことが出来ると中学社会科の教師がおっしゃっていたけど本当かしら…ほう。カエルの表面の皮膚に触れただけで火傷したようにただれる。危険度★四つ半。サノチのブリーフに仕込んでやろうか。

体験講義終了後に我々は自習室で各自勉学に勤しんだ。サノチは突っ伏してお昼寝ずっとしていた。
帰りにミスドへ寄った。
鳥の巣のような頭の癖に、ピンクのクリームでデコレートされたDoughnutをサノチが注文した。
「財布どこだったっけ?」
サノチが、登山に行くかのような巨大なザックを、若い女性店員の目の前にドスンと置き、ファスナーを開けた。
「忘れ物無いかな。気になってきた」
財布を取り出してもお代を支払わず、中から冊子を取り出し始め、ザックの横に積み始めた。
現国、古文、漢文、日本史、地理、地学、日本史詳説、リーダー、コンポ、出る単、英熟語1200、英語の構文150、英語長文問題精講、辞書、マドンナ古文……半日でこなせる量を遥かに凌駕した教材が出るわ出るわのお次は、一問も解けない癖に複数冊ものZ会の問題集が積み上げられてゆく。
そして最期の一冊、エロ本…ならぬ、よく見れば、ゲイ雑誌。サノチの目の色が変わった。

「違う、違う、違う」

慌てる本人。

「サノチさんはそういう趣味だったのか」
「違う、違う、なんだよコレ?」
否定すればする程、顔が赤くなり、怪しさは増すモノだ。女性店員は目をそらして明後日の方向を眺め、黙していた。


それにしても、私が昼下がりに古本屋で購入して仕込んだゲイ雑誌が、このような公共の場で早くも発覚するとは。身から出た錆ですな。