ラベル

道路交通法を改正せよ

同じ速度で走る、"重い車"と"軽い車"は、どちらが止まりにくいか?

正解は、"重い車"である。

一見、軽い車の方が止まりにくいと考えがちだが、重い車の方が止まりにくい。その理由は、重い方が運動エネルギーが大きいやら、地面との摩擦の関係がどうのこうのやららしく上手く説明できないが、簡単に言えば、

"止まっている物は重ければ重いほど動かしにくく、動いている物は重ければ重いほど止めにくい"

と、いうことらしい。

と、すれば、カラテカ矢部(39kg)が乗っている軽自動車よりも、マツコデラックス(140kg)が乗っている軽自動車の方が、止まりにくい。

二人が、法定速度60km/hをきちんと守って走行しているとする。
しかし、歩行者がとび出してきて、両者が急ブレーキをかけた場合、矢部は止まれても、マツコは止まれずに田中みな実をはねてしまう可能性が高い。

例えマツコが、
「ワタシはちゃんとしてたわよ。急に変な出方したのはコイツの方よ」と正当性を主張しても、"前方不注意"という切り札によって、運が良くても治療費の支払い義務ぐらいは生じるであろう。

これは不公平である。
同じ条件で走行していたにもかかわらず、一方は人身事故を起こし、一方は無害無傷。

早急に、
『著しく目方が多い者が人身事故あるいは物損事故を起こした場合は、ヘヴィは急に止まれないという物理的法則を考慮して罰則を軽減することとス』
なる特例を道路交通法に加えてもらいたい。


または、
そもそも道路交通法とは、
"道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図り、及び道路の交通に起因する障害の防止に資することを目的とする"
ものである。
簡単に言えば、事故が起こらないようにすることが第一の目的である。

なので、
『目方によって法定速度を異なるモノにすることとス』
と、道路交通法の改正を検討してもらいたい。

例えば、
法定速度60km/hの道の場合、最重量級マツコにとっては、急に止まれる30km/hが法定速度とならなければならない。
一方、スーパーライトミニマム級カラテカ矢部は、マツコの3.6分の1の目方なので、マツコの3.6倍は108km/hが法定速度となる。
マツコ(140kg)と伊集院光(130kg)と森公美子と全盛期の小錦八十吉(285kg)が乗り込んだ軽自動車は動いてはならない。


ところで、マツコがカトパンに車ではねられた場合を想定してみる。

マツコは、はねられても飛びにくいので、叩きつけられる衝撃も少ない。また、有り余る脂肪で覆われている内蔵は、かなりの衝撃に耐えることができる。
更に、マツコは重量があり頑丈なので、「カトパンは大丈夫かっ!?」と、いう状況にもなりかねない。

一方、矢部がはねられたら、宇宙まで行ってしまう。

これは不公平である。 ゆえに、はねられた人の目方によってダメージが異なるということも念頭に置きながら、はねた者の量刑を考慮すべきである。

しかし、これは、事故が発生した後の処理について触れているに過ぎない。
先程も述べたように、事故が起こらないようにするという目的が大前提であるので、歩行者が車道へ飛び出せないような法律を制定するべきである。
冒頭で述べたように、重い車は止まりにくいのだから、重い歩行者も止まりにくい。
よって、目方が重い者は、軽い者よりも分速を落として歩行するべきである。
そこを考慮した上で、歩行者の法定速度を示した道路標識も全国津々浦々に設置するべきである。

マツコは急には止まれない。



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本当にあった怖い話し③

私の知人が体験した、身の毛もよだつ話しをしようと思います。

大手企業に勤める光男(仮名)には、年上カノジョの美幸(仮名)がいました。
光男は仕事が忙しかったのですが、美幸が会いたがるので、週末はデートをするように努めました。
光男は一人暮らし、美幸は実家暮らしだったので、デートの日に美幸が光男の家に泊まることが、しばしばありました。

あるデートの帰り、二人が光男の家の最寄り駅で降りた時、
「たまには、こっちから帰ってみよーよ」
と、美幸が言い出しました。
光男は、少々遠回りになるけど、気分転換の散歩にもなるし、まあいっかと、美幸について行きました。

ところが、次のデートも、そのまた次の時も、美幸は遠回りのコースを選択するようになったのです。

「どうして、わざわざ、遠回りするんだ?」

「いいの。いいの。運動運動」

美幸が光男の言うことに耳を貸さずに進むので、光男は仕方が無く後をついて行きました。

「パンフレットいかがですか?」

突然、ある建物の前に居た、礼儀正しそうなスーツ姿の男に声を掛けられ、美幸は立ち止まりました。

「いかがでしょう?」

男が、パンフレットを差し出すと、美幸はそれを手に取り、眺めました。

「あ。良いですね。良いね、これ。ほら見てよ」

美幸は、光男に、パンフレットを見せました。

「お時間あれば、中でコーヒーでもどうぞ」

スーツの男が言った、その時です!



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【関連記事】
本当にあった怖い話し①

本当にあった怖い話し②

聞き上手の反対なのだ

熱帯夜が続く夏のある日。

その日、親父はワインをガブガブ飲んで、生ハムをばくばく食っていた。
食い終わるや、布団の上でうっちゃられていたタオルケットの上にバタンと倒れてキューと寝た。

一時間後、親父が顔を歪めて居間に出てきた。そんなに電気が眩しいかねえという程、眉間に皺を寄せていた。
「イタタタタタッ!!」
親父は両手で腹を押さえていた。
居間を通過して便所に駆け込んだ。
なかなか外に出ず、断続的に水を流す音がした。
どうやら、腹を壊しているようだ。
「調子に乗ってガブ飲みするからだよ」 母が言った。
その後、3回くらい駆け込んでいた。


「イタイィッ!!」

深夜2時に家中響く声。尋常ではない事態が起こっている模様。救急車が必要か?
親父の部屋へ行くと、電気がついていた。
親父は部屋の隅に突っ立ち、眉間に皺を寄せていた。
親父は腹……ではなく、手の甲を押さえていた。

「ムカデにさされた」

親父の足元で、ガラス灰皿で潰されたムカデが息絶えていた。

「ムカデは2匹で行動して居るというからねえ」
「本当か? ぶっ殺してやる」
母が言うと、すぐに親父は布団を乱暴にめくり、乱暴に襖を開けて、暗い押入れを覗きこんだ。
「見つけれるわけないよ。朝になるよ」
「おちおち寝れねえ」

間もなく、大きい鼾が家じゅうに響いた。


以上の話しを、後日そのまま祖母(当時86歳)に聞かせてあげた。
祖母は、じっと私の目を見つめつつ黙って聞いていた。
話を聞き終わると、祖母が、真顔で言った。

「腹痛だと思ってたら、ムカデに腹を噛まれたんか」



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やかましや

小山

我が高校の敷地内には、サッカーグラウンドの横に、小さな山があった。

山頂には砂利が敷かれ、ちょっとした木のベンチがあり、街を見下ろせるほど眺めが良いので、晴れた日に吹奏楽部の人が楽器を演奏している様子は、優雅な青春を描いていた。
3人ぐらいの文科系女子がベンチでお弁当を食べる画は、昼下がりのカフェよりも、おしとやかである。

他にも、山の活用法は様々あった。

体育をさぼったのが見付かると、
「殴うぞ」
と、体育教師が迫ってきた。
そして、
「山」
と教師が言うと、我々は軍長から逃げるように山へ行き、十往復走らなければならない。高さはそこまでないが、斜面を走るとなると結構キツくて、帰宅部は吐きそうになる。
野球部やサッカー部は、毎日何往復も走っては体力をつけるのに利用していた。

テニス部には、五十年以上も行われている伝統行事があった。毎年5月になると、一年坊主は山頂から下界のテニスコートへ向かって、アニメソングを一曲歌わせられる。選曲も自ら手掛けなければならなく、歌唱力とセンスを問はれる地獄のハラスメントである。尚、この日に逃げたら、翌日独りで歌わなければならない。


卒業してから数年後、ふと、あの山の高さは何メートルだろう?  30メートルぐらいかな?

と、思ったので、

『高校にあった山の高さって何メートルだと思う?』

と、高校の同級生A、B、Cに聞いてみた。以下は、それぞれの返信である。

A『25メートルだな。』

B『30メートルより少し低いと思います』

C『うーん  よくわからんが三階の校舎よりは高かったから、50メートルぐらいかな~』



50メートルですってええっ!!

それだけは有り得ない!
浅草にあるウ○コビル(別名アサヒスーパードライホール)ですら、ウンコのてっぺんが45メートルである。
山が50メートルもあったら、サッカーグラウンドは終日日陰である。
と、思ったので、Cに、もう少しだけお話しを伺ってみた。

黒字が私で、赤字がCのメールである。

ーーーーーーーーーーーー

12:33
『校舎の高さは何メートルか分かる?』

15:21
『10メートルぐらいじゃないか』

15:27
『山の高さは、
俺は30メートル
Aは25メートル
Bは30メートルより少し低い
って言ってる。

人によってエライ異なるな。自信はある?』

15:38
『知らないけど、じゃあ30メートルで  どーでもいいが、標高じゃないんか  校舎の入り口に行くまでも結構上がるし  好きに決めて』

15:41
『詳しい高さ知りたいけど、どうもメートルで表しても読み手はピンとこんな、人によって感覚違うから、となると、高さ伝える描写が厄介だ』

15:57
『三階建て校舎の倍ぐらいでいいんじゃないか』

16:06
『校舎の3倍に近いと思う?』

16:06
『じゃあそんくらいで』

ーーーーーーーーーーーー

なんとCは、"標高"と言った。海面から山の高さを計算していた。
なるほど学校の山は、海からの高さが50メートルということなのか……。
確かに、校門から学校の敷地内へ行くのも坂を登らなければならないので、校門からサッカーグラウンドまでも幾らか高さがある。

しかし、どのようにして、海面から校門までの高さを割り出したのだろう?

日本では、本土から遠く離れた離島における標高を除いて、東京湾の平均海面である「東京湾平均海面 (T.P.)」 を標高の基準としている。
鳥取から数百kmも離れた海抜0mから校門までの高さを、瞬時に計算するのは不可能であろう。

普通は、山と接地した地面(サッカーグラウンド)から山頂までの高さを答えると思うが……。

非常に怪しい。
彼は、裏の真実を隠すために嘘をついている可能性がある。

実は、最初の山の高さを聞いた質問の時に、Cは、サッカーグラウンドからの高さが50メートルだと思っていた。
しかし、他の人々の推測を知り、自身の感覚が大幅にずれていることに気付いた。
自分の感覚のズレを他者に悟られまいと、海抜0メートルから測った風を装うために、"標高"という言葉を後付けした。
「海面からサッカーグラウンドまでの高さが20メートルあるからあ」と言えば、グラウンドから山の高さは30メートルということになり、Cもズレてないことになる。

Cが、ズレを誤魔化したことを裏付ける決定的な証拠が、メール文面に残っていた。
今一度、上のやりとりをご覧いただきたい。

Cが、山の高さは50メートルと答えた直後に、

『校舎の高さは何メートルか分かる?』

と、私が聞くと、彼は、

『10メートルぐらいじゃないか

と、答えている。
標高で計算していたならば、校舎の高さも、海面から校舎が接地している地面までの高さである20メートルを足して、
『30メートル』
と、答えなければならない。


身体測定を学校ですれば、2181.4センチと記さねばならない。



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嘘も方便

中学の同級生である"浜田君"は、"ハマチ"と呼ばれていた。
平日もゲーセンに通い、ストⅡに五万もつぎこむ程のゲーマーで、しかし「ゲーマー」と呼ぶと、「そういう呼び方はして欲しくないな」と過敏に反応していた。

「色が白い」は禁句である。それ言っちゃうと、「それだけは言わないでくれえ~気にしてるんだよ。気にしてるんだよ」と七分間言い続けて、一日へこむ繊細な少年だった。
ところが、普段は冷静で、悪口を言っても怒らずにへこむタイプだったが、
「ゲームオタク」と言うと、
「オタクじゃねえっ~!!」
と、足を引きずるテラノザウルスのような走り方で追い掛けてきた。
首をかしげて顎を突き出し、片足のステップが強いので、斜め前へ跳ぶのだが、なぜか真っ直ぐ走ってくる。しかも結構速い。
卓球(タク球)部所属の幽霊部員だったが、根っからの運動音痴ではなくて、バスケも意外と動ける。
雰囲気は目立ちたがり屋の真逆だが、独り言のように様々なことを呟き、意外と話す。

「高校合格したら、爺ちゃんにチャリで市内の裏道全部教えてもらお。爺ちゃん道に詳しいんだよ」

晴れて彼は第一志望に合格した。
ある日、別の高校に通っていた私は、学校帰りに彼の家に遊びに行った。
ストⅡをするのが目的だが、彼は強過ぎるので、今日はエドモンド本田の移動張り手ハメ技だけを使い続けてコテンパンにしようと目論んでいた。
彼は、スーファミの音声コードをステレオのスピーカーに繋げていたから、音質が非常に良かった。

「いつか、アーケードコントローラー買おうと思ってる」
「ナニソレ?」
「ゲーセンのストⅡと同じ形のコントローラー」
「ゲーセン行かなくて済むね」
「ゲーセンで無敗したいから家で練習する」
「高校の1組にさあ、ハマチのソックリさんが居るんだよハハッ」

ソックリさんは、"柳井君"という大人しい人で、少しポッチャリしていたが、色白な所とゴマのような目付きが異様に似ていた。おなちゅうの間では彼を"ヤナチ"と呼び、「ハマチにクリソツだぁ」とヒソヒソ話しをしては楽しんでいた。

「誰かに似てるって言われるのって非常に不愉快だな」
ハマチがゲームコントローラーを握りながら、 呟いた。
「ははは」
「それは失礼なことだぞ」
私は笑って流そうとしたが、彼はそれを許さなかった。ゲーム画面から目は離さないものの、ぶつぶつと傷心と怒りの思いを呟き始め、空気は最悪となった。

【問い】
その時、私が言ったある一言で、ハマチの機嫌が直り、ブツブツが止みました。
その一言とは?




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冬支度

猫が太った。
いや、寒くなり始めたので、体毛が増えたので、太って見えるようになった。
バリカンで丸刈りすれば、ひょろ長い里芋のごとしとなるであろう。
その点、人間は不出来である。季節が変わろうと体毛は変化せず、鼻毛しか伸びない。

ところで、"朝飯を抜くと太る"と聞いた。
朝飯を食べた方が、腸が運動するので、代謝が活発になり、体温が上がり、老廃物が外に出た結果として、体内カロリーが消費するらしい。

そこで、体脂肪率1ケタの私は、寒い冬をしのげる体型に成るために、太るために、朝飯を抜くことにした。
お菓子の家を食べて魔女に捕まり、御馳走を食べさせられても、一向に太らないので、永久に魔女に食べられないことぐらいしか利点が無い細身とはオサラバするのだ。
ついでに昼飯も抜こう。
エネルギーを取り込まなければ、身体は焦り、体内保温を維持するために脂肪を蓄え出すに違いない。

徹底的に代謝を抑えるために、運動もしない。
今日はお日柄も良く、外を歩くだけで幸せな気分になれると思われるが、暗くじめじめした部屋に引きこもり、立っても座っても若干の代謝をするので、横になる。

そういえば、"冬にミニスカートを履くと脚が太くなる"と聞いたことがあった。寒風にさらされた部位は、冷えを回避するために脂肪を蓄え出すのだ。
私は全てを脱衣して、ネハンゾウ。
空腹も手伝い、とてつもなく寒い。
しかし、冬本番のためにひたすら耐えるのみ。

現在、脂肪がどんどん蓄積されていると思うとワクワクしてきたぞオラ。
イカンイカン、思ったり喜んだりすれば、活性化した脳が、体内の糖分を使ってしまう。
目を瞑り、無心になるように努める。
夜御飯も抜けば、もっと太るに違いない。

断食修行僧は太る。

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脈アリ過ぎるメール

<件名:いっちゃん>
『いっちゃんだよーん。ベロベロベロばーー。そうです、そうです、頭に小惑星が衝突したんです。スペースシャトルがうちあげられました。
燃料はいっちゃんだよーん。
バロバロバロバーーーモノリス、モノリス、隣の客はよく学級文庫の本を読みながら柿食う客だ。
本のタイトルはいっちゃんだよーん。
ビロビロビロブーーーあっ、電話が鳴ってる鳴ってる鳴ってる鳴ってるトォーーーーー。電話の相手はいっちゃんだよーん。
図ロ図ろ図ろ下ーーー只今、えー只今、出島にとっつぁんボーヤが上陸しました。毛穴全開の模様です。ハンペンが』


以上は、私が学生の時に、とある女学生に送ったメールである。

『意味わかんない』
と、返信が来たが、女性の皆様には、是非とも知っておいてもらいたいことがある。

私は、その娘のことが好きだった。
どのくらい好きかと言えば、
「こ~んくらい!」
と、両手を広げれば腕がモゲるぐらい好きだったのである。

そして、ここが今日イチバン言いたいことであるが、
"意味不明な文章や、ついていけない世界観が前面に押し出されたメールが、貴女に来た場合、
それを送った男性は、貴女に、好意を抱いている"

「嘘でしょ」、「ウザッ!」と思われる方が、大半かもしれない。
しかし、送った当人は、貴女のことをとても真剣に思っている。

そもそも、一般的に世の男は、(この娘良いな…)という感情を、同時に複数の女に、たやすく抱く。
スーパーで買い物をしてる女性や、通り過がりの人にすら抱く。
これが、"好き"の初段階である。
ただ、この感情は、"好き"とは呼べない。性交したいだけ。
しかし、今後、"好き"に成り得る。
好きなる感情には、度合いやレベルがあり、勿論それが高くなればなるほど、それを"好き"と呼べるようになる。
では、男がそういう感情になる時とは……
ここでは、男が、好感を抱いた女に、アプローチを仕掛けるという一般的なシチュエーションを前提とする。
そして、その状況下では、その時の女の応え方によって、男が本気になって行くかが決まる。
初めの段階で、女の反応が尊敬ならば、男のプライドが満たされる。
次の段階で、女の反応が、男の価値観と合致すれば、自分が言っていることが正しいという思想の一致が満たされる。
また次、その次において、女の反応が優しければ、男は母性を感じ、この人と一緒に居たくなる。いや、離れられなくなる。
この時、男は、男の子になり、母親の代わりとして、新たな女に癒しを求める。
ただし、以上は、精神の世界のみに通ずる事象であるから、同じ空間に居ても、お互いに不快を感じないことが大前提である。

そして、冒頭のような危険なメールを送る行為は、
"貴女のことをとても信頼している"という彼なりの表現であると同時に、
例え、女性が「はぁっ??」と軽蔑したとしても、直後にしょうがないなと許してくれるのか…或いは困惑したとしても意味不明な文章の意味を一生懸命考えてそれに応えてくれるのか…を、男が確認して安心したいという意思の現れなのである。

すなわち、母性を求めるがゆえの行動なのである。

ですから世の女性の皆様、意味不明メールが来ても、目くじら立てずに、暖かく見守ってやってください。
馬鹿にしてるの?!と思われるのは、大いなる勘違いで、男性からすれば全く以って誠意を込めた愛情表現なのです。
(アタシのことをとても思ってくれているんだなコノ人は)
と、思いながら、
今一度、ちょっと走り気味なメールを読み返してあげてください。


<件名:ソムリエ>
『ばんばんでんでんずんどこずんどこガソリンスタンドに水兵隊がやってきて、見たら人っ子一人いやしねえ。おまえさん、どうしたんだいとサルティンバンコが聞くと、どうした、どうしたたいそうな月の輪熊が裁判の傍聴してるでねえか。愛車から飛び降りて反復横跳びしてたら、老舗の閑古鳥が大鳴きしてんねん。サッポロ2番のミソラーメンがすすりたいとだだこねた課長補佐代理人婦人の、こりにこった五十肩を診察した匿名希望だから許しを請うた情状酌量の余地なしぺディグリーチャムにこりゃ一本とられたね。おあとがよろしいようで』


以上のメールを、冒頭の<いっちゃん>の後に送ったが、返信無しだった。
しかし、なんと、立て続けに二度もチンプンカンプンメールを贈ったのである。
この状況下において、どのくらい受信者のことを好きかと言えば、
「こ~んくらい!」
と、両手を広げればロケットパンチのように離れて貴様をぶちかますぐらい愛していたのである。

1いっちゃん


少額で宝クジが当たる確率を高くする方法

①AとBが、宝クジをバラで10枚ずつ購入します。
②当選発表後、AとBの当選クジを全て足した額を、二人で等分します。ただし、300円を分けるのは少な過ぎるので、3000円以上の当たりが出た時に限り、等分とします。
③お互いが不正をしないように、当選発表の日には、各自が購入した宝クジ10枚の画像を送信し合います。

以上の方法で宝クジを購入すれば、AとBは、3000円で6000円分の宝クジを購入したことになります。どちらか一方が3000円当選すればマイナス1500円で済み、5万円当選ならばプラス2万2000円です。

ところが、10枚が20枚になったところで、3000円すら当たる確率は低いです。AもBも当選は300円だけのマイナス2700円が普通でしょう。

そこで、①、②、③の契約を交わす人物を増やします。
貴方がAさんだとします。Bさんだけでなく、Cさん、Dさん、Eさん……とも契約しましょう。
SNSの力も借りて友達リクをしまくり、フォロワーやマイミクを増やして、全ての知人友人にダイレクトメッセージで宝クジ等分の話しを持ちかけます。

仮に、Aさんが、100人と宝クジの等分を契約したとします。
Aさんは、3000円分を購入しただけで、なんと1010枚の宝クジを所有していることになります。こうなれば、取り分は半分でも、そこそこの額が貰えるのではないでしょうか。
3000円が当たる確率は100分の1です。1000枚の中に10枚ありますので、高額当選者が出なくても、
(3000円×10枚÷2)-3000円(自分が購入した額)=プラス1万2千円
がAさんの取り分となります。

フェイスブックの中には、友達が3000人以上おられる強者も存在します。
こういう時、顔写真が美人の方は得ですね。しようとすればするほど友達の量産が可能ですし、等分を通じて御近づきになれるのではと思った男子の多くが、貴女と契約を結ぶことでしょう。

頑張って1万人と契約して下さい。10万10枚の宝クジを所有していることになります。
3000円が100分の1、5万円(4等)が1万分の1、100万円(3等)が10万分の1の確率ですから、これを10万枚に当てはめると、
{(3000円×1000枚)+(50000円×10枚)+(1000000円×1枚)}×1/2-3000円=2247000
高額当選者が出なくても、プラス2百24万7000円です!

ところが、1つ落とし穴があります。

それは、Aさん、貴方が当選してしまった場合です。
たった3000円の当選でも、半分の1500円を1万人に支払わなければなりません。
マイナス1500万!!
千万が一、1等(7億)を当ててしまったら、3億5千万円を1万人に支払うハメに……ひ孫、やしゃご、来孫(らいそん)、昆孫(こんそん)、 仍孫(じょうそん)、雲孫(うんそん)の代以降も返済し続けなければなりません。ウンソンのウンソンも泣くことでしょう。

そこで、Aさんは、あらかじめ30枚ほど購入しておいて、当選発表の後に、その中のハズレ券10枚の画像を契約者に送信する必要があります。
ここ、とても重要です。

そして、Aさんのような不正を防ぐ為にも、共同購入者の皆様は、当選発表の前に、宝クジの画像を送信し合うようにしましょう。

以上、宝クジ詐欺撲滅推進運動委員会事務局からの報知でした。


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宝クジが当たった!!!!!!!!!!!!!!!!

食い逃げ

冬場になると、食べることしか楽しみがなく、でも簡単にできることなので、食に逃げてる。よく食べる。特に夜にぐわっと食べる。四、五時間掛けて食べ続け、飲み続け、甘い小麦粉系もついばんでいたら、太らない体質とはいえ、夏に比べて六キロも太った。ジャッキーチェンが産まれた時は五千六百八十グラムだったので、只今このお腹に超健康優良児を身籠っているようなものである。

ただし、カラクリがある。

食べて飲んでる最中に不意に尿意が来てトイレへ行った後に体重計に乗ると、300グラム減。朝までに7回ぐらい行くので、翌朝は2100グラム減。
そして翌朝は、大きい方もメチャメチャ出る。途中で流さず出し続けていたら、たまり積もって、門まで到達したこともある。また、ずっと力んで、途中で門を閉めずに小まめに千切らなかったら、長ーーーーーい大が便器の中で前方へ倒れこみ、そのまま玉裏を擦って前へ行き、座ってる股の間から頭を出したこともある。大事がもう1本生えたと思い、たまげた。
短時間で連発することもあるので、尿も合わせれば、毎日、三千五百グラムの元気な便ちゃんが排出されていることになる。
また、寝汗が出ているので、200グラム減。いや、自律神経失調症で多汗なので、500グラム減。悪夢で流した涙が0.03ℓ。鼻水少々。
そして、冬服が五ひとえで2000グラム。
以上を踏まえると、夜食べる前は、最大値の時より六キロ減。結局太っていないことになる。


逆に夏場は食欲不振なので、六キロ痩せた。

ただし、カラクリがある。

その夏は十日間旅行をしていた。テーブルに灰皿が設置された昭和なラーメン屋で、ラーメン&チャーハンを食べ、チャーハンが旨かったので、夜もチャーハン大盛りを持ち帰って食べたら、少し腹が重い感じがして食道がキリキリした。 そして翌日、宿からコンビニに行く最中に軽く放屁した際に出た感じがしたので、下着を浮かせたままトイレへ駆け込んだのを皮切りに、下痢にさいなまれ続けた。
食中毒かと思ったが、その下痢というのが新感覚で、腹痛・吐き気・嘔吐が全く無い。脱力感も無い。しかし、味のあるモノを食べるや体内を突っ切るように出るので、1日に梅のオニギリ2個程度しか食べないようにした。空腹感も無かったが、脱水になると危篤に陥るので、ビールやウーロンハイは絶やさず摂取した。念のためグレープフルーツ割は避けた。
下痢が始まってから1日目の深夜から、回数が増し増しになっていき、しかも1回の量が多くて、ぶっ太い尿が、オロロロロロロロってマーライオンの口から出る湯水のごとく出る水下痢。それが、1日に15回の2日続いて、全く治る気配が無い。
4日目から間隔が開くようになったが、依然として放屁は危険な状態。相変わらず腹痛や吐気は無く、身体もだるくなく、水下痢以外は正常。むしろ酒量が減ったので、身体は軽く感じた。

下痢が始まってから7日目のことである。
実家に戻った翌朝、妙にデン部に汗かいてるなと思ったら、出ちゃっていて、さすがにヤバイと思って病院へ駆け込んだら、チョウカンボウだった。道理で、長引いているわけだ。
旅中に寝下痢しなかったのは不思議である。やはり実家では、気も門も緩むのか。
医者から「水分の取り過ぎだから酒を辞めないとずっとだよ」と言われたので、十年ぶりの休肝日を設けた。
体重を量ったのは、その時である。

冬場の場合は、六キロ摂取して六キロ排出しているのでプラマイゼロ。
一方その夏は、六キロ以上排出して摂取がほぼゼロなので六キロ減で納得が行く。ポカリで下痢止め飲んでたら治り、体重は元に戻った。

以下は、夏の旅行中に、家に一泊させてもらった友に診断結果を報告した後のメールのやりとりである。

友『まじか。ノロではないよね?』

私『ノロって必ず嘔吐がある?』

友『知らん。医者がノロと言わなかったなら大丈夫だと思うが。』

私『嘔吐も腹痛も無いから軽い。発熱も無いと思ってたら、病院で37.4℃あってビックリした。シャワーしてから行ったからかも。血液検査した所、白血球の減少も無いから、菌は弱いらしい。水分(特に酒と思われる)の摂り過ぎが原因だって。飲酒して無いと、身体がこんなに軽いとは思わなかった。悲しみも深くは無い。大きな喜びも万能感も訪れないけど。』

友『ノロだったら教えてくれ。仕事休まんといけんし。』

私『えっ、でも下痢じゃないでしょ?』

友『まだ大丈夫。発症したら休まないかん。』

私『ノロってそんなに感染しやすいの? 空気感染しなければ、大丈夫では?』

友『ノロは空気感染する。ノロ発症してのこのこ出歩いてたら問題になる。』

私『吐き気・嘔吐が全く無いから違うと思う。医者も疑わなかったし。ノロは、1~2日で治るらしいしね。』

友『症状は人によって違うからな。まあ判明した時点で教えてくれ。』


ところで、この方は、私の身体の心配は全くしてないなコイツ。

そのような思いを伝えたら、
『ノロの可能性があるのに他人の家に来る方が非常識だろ』
と言ってくる恐れがある。

そしたら、
『当時は、ただの飲み過ぎと信じて疑わなかったからね。ノロの可能性があると分かってたら行かないよ。アナタのような悪意は持ち合わせていませんので』
と、喧嘩を吹っかけてしまい、次回旅行した際のタダ宿が無くなる恐れがある。

だから、上の気持ちは一生心にしまっておかなければならない。


結局は食べても食べなくても飲んでも何しても太らない。羨ましいダロ。
それにしても、このぐらいしか人の優位に立てることが無いのか。優位といっても、曽根ほど食べることは当然出来ないし、大食漢にギャルという真反対のキャラをコラボさせて、お茶の間を楽しませることもできないのだから、食べても食べても、肉もマネージャーも付かない。寒い。



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台湾旅行の際、いつ、どこで両替するのが得か

台湾旅行の際、いつ、どこで両替するのが得か…

ネットで調べてみると、

・円を元(台湾ドル)に両替するのも、元(台湾ドル)を円に両替するのも、台湾で両替した方が良い。
・台湾の空港で両替すると手数料が掛かるので、空港の外の銀行でした方が良い。
・台湾では、どの銀行で両替しても、大差は無い。

という情報が多く見られた。

高雄のゲストハウスに勤めていた青年は、
"日本のクレジットカードを台湾のセブンイレブンで使い、日本の自分の口座から台湾ドルで引き出すのが一番得"
と言っていた。

自分の場合は、日本円を20万円持って行き、とりあえず10万円を台湾の空港で両替した。
明細を見ると、手数料が90円ぐらい掛かっている感じだった。空港外の台湾銀行は手数料0なので、こちらの方がやや得である。

それよりも、10万円を両替して得た金額は、約3万元(台湾ドル)。
台湾の紙幣には、1万元札が無く、大きい金額が1000元札なので、3万元だと30枚!
両替してない日本紙幣10万円分を足すと、40枚!!
1000元札を1枚くずすと、500元1枚と100元5枚で、更に5枚増えることになるので、
合計45枚!!!

2つ折り財布が、折り畳めないぐらいパンパンになってしまった。 
しかも台湾紙幣は日本のように綺麗ではなく、結構しわくちゃになっているのもあるので、空気が入って余計に膨らんだ。

ズボンの中で財布が開いて、股間が膨らんでいる状態みたいになっちまって。しかも、左ポケットに入れているので、左曲がりな形状になってリアル。

そこで、紙幣を2つ折りにして、財布の紙幣入れの左右に分け、真ん中が空くようにした。多少閉まるようになったが、2つ折り紙幣により厚さが2倍になったので、パンパンパンパンになり、歩を踏む度に財布から紙幣が飛び出すようになった。

そこで、紙幣を更に折り畳んで、小銭入れにも収納することとした。できるだけサイズを小さくしようと、3回、4回と折っていくと、サイズは小さくなるが、その分厚みが増してカチコチになってきて、指で折るのが難になってきたので、足で押さえたり、紙幣の上に乗って、全体重かけて圧縮したりした。
そんなこんなで、42回折った紙幣の上に乗ると、自分は月に居た。
ウーム。たった42回折っただけで、月まで行くかねえ?

しかし、紙の厚さを0.1㎜とすれば、1回折ると、厚さは0.2㎜。2回折ると、0.4㎜。3回で0.8㎜と、1回折るごとに、厚さは2倍になっていく。

『紙の厚さ=0.1㎜×2の紙を折った回数乗』

となるので、42回折ったら、厚さは、0.1㎜×2の42乗は、439804651110.4㎜。
すなわち、約44万kmになる。よって紙の厚さは、地球から月までの距離(約38万km)を超える。
10回折った時は10センチ程度だったが、25回の時に富士山ぐらいだったのか…夢中で気付かなかった。

"月面着陸に成功したアポロ11号のコンピューターの性能はファミコン以下"というトリビアがあったが、もっと原始的な方法、紙を折るだけで月まで行ってしまった。

酸素を持って来てないので、札から飛び降りた。
地上へ戻り、月まで突き抜けている1000元紙幣を左ポッケに入れると、とてつもないモノが突起してるように見えた。
月とスッポン



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やかましや

祖父母の家と私の実家は、僅か三キロしか離れていなかった。
子供の頃から頻繁に、親の車で祖父母の家を訪れていた。家に行ってもたいがい留守で、祖父は田んぼ仕事をしていた。畑に行くと祖母がいて、採れたての野菜をくれた。
雨の日は、二人共、家で本を読む。
まさに晴耕雨読の生活である。

二人の性格は対照的で、祖父は物静かで、祖母はうるさい。子である母は、祖母に似た。母は、私の勉強やしつけについて、事細かく言ってきた。

「なんで、そんなにうるさいだ?」

「お婆ちゃんの子だもん」

私が問うと、母は必ずこう返答した。

祖母も、私にうるさかった。

「宿題すんだかや?」

私が小学生の時、顔を見る度に聞いてきた。
ある日、こんな夢を見た。真っ白な壁に囲まれた部屋が出現。中央にベッドがあり、私がすやすや眠っている。突然、壁が出窓のように開き、祖母がにゅうっと外から覗きこんできて怒鳴った。

「勉強せんといけん!」

やかまし祖母とやかまし母は、よく衝突した。ある日祖母が、「足の調子が悪いので植木バチを蔵に運んでくれ」と、母に手伝いを頼んだ。母が手で運ぼうとすると、

「猫車で運べ」

と、祖母が言った。

「手で運んだ方が早いわ」

と、母が言うと、

「なんがあ、ねこ使え」

と、祖母がぐちゃぐちゃ文句を言い始めた。

「あー、うるさい、うるさいっ!」

母はヒステリックに怒って、手伝うのをやめた。

「全部が自分の言う通りにならんと気が済まんから、あの人は損な性格だわ」

母が私に言った。
このように、祖母は手伝いの仕方についても事細かく指示してくる完璧主義な性格である。(母も似たような事を私にするが…)


元気な祖母だったが、年をとって異変が起きた。
ある日、祖母は理容室で髪を切ってもらっていた。突然、小豆を煮ていた鍋の火をつけたままにしていることに気付き、あわてて家に戻った。鍋がカラカラになっていて、もくもくと黒い煙があがっていたらしい。
その日以来、しょっちゅう火を止めるのを忘れるようになった。そして、玄関ドアの内側に“火を消して出ること”という紙が貼られた。
後日、貼り紙が無くなっていた。祖母に理由を聞いたら、何回も家を出入りしているうちに慣れて、貼り紙を注意書きと認識しなくなったから、剥がしたらしい。
家の中に居ても、鍋をしたままあちこち動き回り、漬物を作ったり洗濯物をたたんだりしているうちに、火がついていることを忘れてしまう。
祖母は母にきつく叱られ、火がついている間は、ガスコンロの前にじっと座るようになった。

この頃から、母と祖母の関係が逆転してきた。年をとると幼児に戻っていくと言うように、祖母の行動はおっちょこちょいになり、失敗をやらかす度に母が注意した。まるで、母が親のようである。
祖母は最初、口答えをしていたが、だんだんと母の言う事を素直に聞くようになっていった。

私は大学生になり、東京で一人暮らしをするようになった。夏休みがくる度に実家に帰省した。盆に家族で、祖父母の家に泊まった時に事件が勃発する。

「服が裏返しだがん」

皆で朝食をとっている時、母が祖母に指摘した。シャツの襟首に付いているラベルが前にきていた。つまり祖母は、裏返しのシャツを、前と後ろ反対に着ていたのだ。

「だらじゃねーか」

母はあざ笑った。“だら”という言葉は方言で、馬鹿という意味である。

「裏じゃねえ」

祖母は言い返した。

「なんで? どう見ても裏でしょ」

「どげで、裏じゃあーへん」

虫の居所が悪かったのか、祖母は自分の服が裏返しであることを認めなかった。母に会う度に言われっぱなしでいることに、嫌気がさしたのだろう。
母と祖母以外の皆は、下を向いて黙々と朝ご飯を食べていた。
こんな日に限ってタイミング悪く、親戚の人達が昼御飯を食べに来る予定であった。祖母の服が裏返しのままだったら、こちら側まで恥ずかしい思いをする。
しかし元々頑固だから、自分で服を着直すことはしないであろう。

「ちょっと」

私は、母に奥の部屋に呼び出された。

「お婆ちゃんに、あんたから服を直すように言って」

「なんで?」

「孫の言うことだったら言う事聞くから」

「言う事聞くかあ? 何て言うの?」

「それは、あんたが考えなさい。昼までにだよ」

母は命令口調で言った。
なんとも無責任な話しである。昼迄に、祖母が服を元通りに着直すようにせよとの命令が出た。年功序列でいうと母が上官であり、上官の命令は絶対である。 私は、祖母にどういう風に言おうか悩んだ。普通に言ったところで直すまい。明確な根拠を示さねば、母に負けたことを意味する。

「さあ次の商品は帽子です」

テレビではローカルの通販番組が流れていた。

「実はこの帽子、裏返すと…ほらっ! なんと、全く異なるデザインに大変身っ!!」

「わー、すごい。一つで二通り楽しめるんですね。なんとも贅沢」

男性司会者が裏返した帽子を被ると、横にいた若い女性が驚いた。

「今年は、この商品が流行すること間違いなし」

なんだか、小学校の体育の授業でかぶっていた赤白帽子みたいだな。私は思った…待てよ、裏返し? 流行?……

「これだ!」

プロジェクトXというドキュメント番組で、煮詰まって悩んでいる研究者が突然閃いた時のように、ナイスアイデアが浮かんだ。私は祖母の部屋に行った。祖母は眼鏡をかけてクロスワードパズルを解いていた。

「婆さん、都会ではシャツを裏返して着ることが、流行っているらしいよ」

イチかバチかの嘘をついたため、内心ヒヤヒヤしていた。祖母は、老眼鏡越しの大きな目で、ジロッと私の顔を見た。祖母の目が三日月のようにニヤリとなった。

「ほんにや。じゃあ、裏返しにして着てみよかい」

かくして、祖母のシャツは元通りに戻ったのである。

その年の正月に帰省した時も、母と祖母の格闘を生で観戦することができた。両者、以前より口やかましくなっていた。
戦の後、イライラが収まらない祖母は、ガスコンロの油汚れを雑巾でゴシゴシ拭き始めた。

「私がしっかりせんと、皆がシャンとせん」
八十五になる祖母は言った。


★とある片田舎にポツリ一軒建つ美味なるうどん屋発見!!★

そのうどん屋に入って実際に食す前は、期待値は底に着くぐらいに下がっていた。なぜなら、その場所はとても田舎で、客はおろか人っ子一人も見かけない。建物という建物も無く、道の周囲は田んぼだらけ…………!
果たして、
"道の周囲は田んぼだらけ"
という表現は正しいのだろうか……?
今ここで、
”周囲”
を使用しても良いのだろうか?

"周囲"という語句は、漢字の構成上、周りが囲まれた状態という語感になる。
だから、
"○○の周囲は田んぼ"
と言えば、○○のぐるり、いわば、○○の四方(東西南北)、
いや、四方八方(東西南北と北東と北西と南東と南西)が、
田んぼという状態である。
と、すれば、当然、◯◯の左右前後も含まれるので、"道の周囲は田んぼ"という状態は、道の前後も田んぼであり、
田んぼが、道の前後を阻んでいることになる。よって、道はもはや道ではなく土地。とても狭いスポット。
まさしく、"田"の字の中にある"十"の字の中央に位置している点みたいな場所である。
そして、どのようにして、そのような点に行けたのであろう。その問題の位置は、一歩踏み外せば、きっと田んぼに落ちる状態が最初から出来上がってしまっている。田による四面楚歌。ヘリを使用してベリベリベリベリ鳴らしながら上空から慎重に降り立たなければならないポチ。
ゆえに、"道の周囲は田んぼだらけ"という表現を、旅人である主人公が道を歩んでいる描写として使用した場合、文章自体が矛盾してしまう。
しかし、
"道の周囲は田んぼだらけ。ただし、道の前後は田んぼでは無く道ではあるが。"
と表現すれば、なんだか、田んぼが多いことの強調性が薄まり、えっ!それって、
どんな道なの??(^^;)
と、読者の注意が本文の目的ではない道にイッてしまう怖れが生じる。

そこで、
"周囲(ただし南北(前後)を除く)"
に値する語句を探し出そうと試み、"周囲"の類語を類語辞典(シソーラス)で調べてみた。

環境・傍近・近間・間近・付近・附近・界隈・近傍・周り・辺り近処・其の辺・其辺・近所・辺り近所・近所近辺・その辺・辺近所・辺り・近辺・側辺・辺近処・辺・側・傍・あたり・近隣・近く・境界線の外側・表面・周辺・外周・外縁・周囲長・周回・円周・外回り・傍ら・そば・付近・アラウンド・左右・附近・近傍・四辺・四囲・四周・四方・幹周り・ふち・回り・ぐるり・周縁・(胸)囲

この中の幾つかをピックアップして考察してみる。

『道の"間近"は田んぼだらけ』
実際そうなのだが、道と田んぼの接近の度合いは、本文の求める所では無い。
更に、「近いから笑」となるような語感を及ぼす。
同じく、"近間"も没。

『道の"其の辺"は田んぼだらけ』
少し大雑把過ぎる。
"その辺"は範囲が広い。割と道から離れた場所に田んぼがある状況にも成り得る。道と田んぼの距離は近くなければならない。

『道の"界隈"は田んぼだらけ』
まるで市場調査でもしているかのよう。同じく"近辺"も。

『道の"近所"は田んぼだらけ』
ド田舎という立地は伝わる。
しかし、道に住んでいるのでしょうか? 公道に家を建てることは不可能。
同じく"近隣"も駄目。

『道の"外回り"は田んぼだらけ』
これまた道が正方形の敷地だったり、何らかの建物っぽい。

『道の"アラウンド"は田んぼだらけ』
ルー大柴ですか!
横文字を使用して強引なキャラでエスケイプしようったって、そうはいきませんよ。
モアオーバー、所詮は周囲という意味。

『道の"左右"は田んぼだらけ"』
なかなか良い。
しかし、道を延々と進み、前を田んぼに阻まれる可能性が無いと言い切れるだろうか?
田で行き止まりは、農道ではよくある風景である。

『道の"表面"は田んぼだらけ』
田んぼが荒れて、その土地が農道を侵食してしまった結果なのか……
そんな農道は無い。他国なら有るかも。

『道の"境界線の外側"は田んぼだらけ』
非常にきちんとした表現であるが、横着世代に活字を読んでもらうには、できるだけ短い文章で伝えた方が良いので、"境界線"と"側"の文字を削除して、
『道の"外"は田んぼだらけ』
が有効な感じがする。

そういうわけで、
『道の"外(ほか)"は田んぼだらけ』
という表現を採用することで合意した。

以上より、
『道の"他"は田んぼだらけ』
が最も望ましい。


北の欧から2032 時代

昔は、靴下が置いてあるのが普通じゃった。ワスは煙突から家々に入り込み、そっと靴下に品物を入れて去った。
しかし、次第に、煙突がある家が無くなっていった。だから、針金が必需品となった。引き戸と壁の隙間から差し込み、上へちょいと上げれば、屋の内側に取り付けてある金具錠が針金によって押し上げられ、開錠となった。
しかし、高度成長、核家族化、ドウナッツ化現象、バイブルの時代が到来し、新興、分譲住宅達のドアーは、真鍮製の二重ロックスと頑丈になった。
おかげでピッキングウの技術が上達した。去り際に玄関の上方にマジックインキンで印を付け、ここの家での仕事は無事完了したことを同業者に告げた。
靴下は昔と比べて小さくなっていった。主流がゲイムカセットになったからのう。野球盤やぶたみんとんより小さいので、一気に多くの品物を運べるようになった。スパマリオやドラゴクエスト、バンゲリングベイなどを靴下へ入れて去った。ゲイムカセットが磁気デスクになったり、カアドになったり、カアトリッジになったりシーデーになったりしたけど、大きい包装紙で包まれた大きな立方体が豪華と言われた、大きいことはいいことだは過去の話しである。
そして、アイテーバイブルが崩壊し、暫くすると、枕元に靴下が無くなった。代わりに、スマトホンが置かれるようになった。今や幼児からスマトホンを持っている。
なーに、わけない。最近はジジもスマトホン慣れし始めている。ワスはスマトを手に取り、課金制ゲイムをダウンロドーして去った。
かくして、訪問時に荷物が不要となった。ホワイティ袋も不要となり、ラッピングウの手間も省けた。

現在は、枕元には何も置かれていない。全ての人間にはマイクロチップスが埋め込まれ、脳波で操作すれば壁や空中にゲイム映像が映し出されるようになったんじゃ。子供の頭を小突くだけでダウンロドー完了じゃ。
しかし、顔認証型のドアーが多くなり、鍵穴が無くなってもうた。已む得ず事前に主婦と仲良くなり、旦那が帰宅する前にあがらせてもらった。
しかし、子供がなかなか寝ない。一日十時間もスマトするから、ブルウライトゥとやらで覚醒させられての寝付けないのじゃ。
そこで、昼寝を狙うようになった。白昼堂々ソーリを長時間置けば、昼顔が御近所様にバレ易いし、トナッカイを待たせれば、糞をして叱られる。昔は所構わず糞しても何も言われなかったのじゃが。
といって、何も持たずに徘徊しておれば、不審者に間違えられるやもしれぬ。
セコンドバッグでも持つかの……

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名前②

【※名前①からお読みください】

東京で飲み会をした時に、友人が連れてきた女性で、"田端"さんという人が居た。
しかし彼女から、『国分寺に住んでいる』と聞いて萎えた。是非とも西日暮里に住んで欲しかった。その場合、『なんでそこに住むねん。あと一駅で田端なのにっ!』とツッコめる。
上中里に住めば、最初の自己紹介だけで東京都北区市民全員の心を鷲ツカミ出来るのに、勿体無い。

大体、駅名が苗字だと、ちょっと恥ずい。
例えば、花の都は"新宿"。
住んでいる所が新宿だと格好良いが、苗字が新宿だと、ちょっとダサい。『新宿さん』って、呼ぶ方も顔が赤くなる。
都道府県も嫌だな。"さん"が付くと、途端に気恥ずかしくなる。北海道さん。
しかし駅名でも、"渋谷"は結構アリかもしれない。すばるが頑張ったからかもしらん。

コンパで実在した女子が、"五反田"さん。最初の自己紹介で名前オチ。それがカノジョにとってオイシイかどうかは、微妙。
五反田は風俗街というイメージが強い。
例えば、男だったら、下ネタに走って笑いを取れ得る。普通の男が言ったら引き倒すワードをも、この人が言えば、「まあ仕方が無いかー、五反田クンが言ってることだし」となる。
しかし、それが女性だと、扱いづらい。
結論を言えば、五反田くり子は、一切の下ネタを言ってはならない。例え本人が生来ドエロでも、遠くない未来にエロいことをしたければ、絶対に下ネタ厳禁。花も恥らう乙女を演じて、清廉潔白を男性陣に伝えるのだ。
そうすれば、五反田くり子という名称にもかかわらず、実はナンテこんなに純潔なんだっ!というギャップを男性陣に与え、この純潔を汚すのはオレだと、男皆を燃え上がらせる。その戦略で独り占めできるのだよ。
男は、女に対して最初の男になりたい願望がある。処女を奪えない人生を憂う男達がどんなに多いことか。
名前が微妙な女性達よっ! ギャップを利用して戦え! 必ずや男心をくすぐる。

私は明日、糞常時(フン ジョージ)という姓名に改名する。私の名前を知った上で時を共にした女性達は、第一声でこう言うであろう。
「意外と御トイレへ行かれないのですね。もっと貴方のことが知りたいわ」

1クリックください


名前①

小学生の時、同じ地区に、"タマゴ"と呼ばれていた2コ上の男子が居た。
ニックネームなのだが、
(なぜタマゴなんだろう……?)
と不思議に思っていた。
由来を聞いても、教えてくれないし、『タマゴぉ』と年下が呼んだら、髪を掴んでくる。
その男子は、"斉野尾"という苗字だった。発音は"サイノオ"だが、皆が『サイノウ君』と呼んでたし、"サイノウ"と聞こえた。だから、"才能"と混ざっていた。
今考えると、○○の才能がある人のことを、"○○の卵"と呼ぶこともあるので、そこの卵を取って、"タマゴ"と命名されたのでは…と、思う。
それにしても、珍しい名前だ。

就活の時に、"ごらい"という苗字の学生が居た。漢字は分からないが、縁起が良さそうな響きである。
「アナタの苗字は、珍しいので、それだけで先方に覚えて貰える」
と、面接官に褒められていた。
最終選考で、同じ実力の田中さんと争えば、ごらいさんが内定を勝ち取るであろう。

中学2年生の時、"玲子"先生という教師が居た。
初めての自己紹介の時に、先生が黒板の中央に、
"玲子"と書き、
「私の名前ですけど、この字読めますか?」
と、聞いた。
「難しいでーす」、「読めませ~ん!」
と、生徒達。
すると先生が、
「レイコと読みます。普通は、礼子や麗子って書きますよ。でも、難しい読み方の名前を親に付けられてしまったの。"玲"って、冷たくて暗い感じがしませんか? 麗子が良かったな。ある日、こう書き間違えられたことがありました」

珍子

と、先生が板書して、鋭い目付きで皆を見回した。

(……これは、ドヤ顔の類いだ)
しょっぱな笑いを取って、生徒諸君の心をツカミたかったのだろう。でも、それ、チュウニに言ったらアカンやろ。
その後先生は、調子に乗った男子生徒によって、苗字の頭2文字と、間違えられた名前である"珍子"の頭2文字を組み合わされて、"ミノチン"と命名された。
「ミノチン、ミノチン」って、父兄も普通に呼んでたからね。良き時代だ。
先生の苗字が、"古田"じゃなくて良かったと思う。


"珍"繋がりで言えば、ある飲み会で、"くり子"という名前の女性が居た。
しかも、漢字ではなく、平仮名で"くり"と書くと本人が言っていた。
「へ~、珍しいじゃん!」
と、名前をその場で聞いた男性は、誰もが目を丸くしていた。何かの本心を隠すように。

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名前②へ行く】

会話法

 冷ややっこに、”桃屋の穂先メンマやわらぎ辣油味”を載せて食すと相当美味。

 冷んやりとした豆腐の柔らか食感の最中で、メンマのコリコリ感が突如として出現し、ラー油がピリリと舌先を刺激して尾を引く。
 酒のアテに最適で、日本酒は熱燗の友にして晩酌すれば、料亭気分を味わえる。ニヒルな笑みを浮かべれば、あたかも国家を牛耳る権力者が黒い交際中に意気投合しているかのようだ。

 大学3年生の時、授業が終わると、いつも通り第2食堂(通称ニショク)へ行った。ここのある一角は、私が属するサークルメンバーの溜まり場であり、日頃から連中で俗世の会話を楽しんでいた。
 その日の食堂は、まだ授業中のせいか、人が少なかった。一角に、新しく入ったばかりの一女(イチジョ)が1人でテーブル席に座っていたので、私は彼女の真正面に着席した。



「やっこに辛いメンマをのせて食べたらメチャンコ旨いんだよおーーーー!!」


と、私が言うと、そのイチジョはハァと頷き、下を向いてケータイを弄りだした。



 翌日、授業が終わり、ニショクに行くと、昨日のイチジョとニナン(大学二年生の男子)が二人横並びで座り、楽しそうに会話をしていた。
 私が二男の真正面の席に着くと、会話がピタッと止まり、

 少しの間の後、

「ちわッス!!」
と二男が挨拶した。


 彼の後に続いてドウモとイチジョが言うと、彼女は下を向いてケータイを弄り出した。そして、いささか身体を回転させた。

 こちらから見える彼女は、背中の割合が若干多い。


 二男と、「ヤギチリ(矢木先生の地理)簡単ヨネ」、「イノブツ(猪俣先生の物理)の方がちょろい」等の、単位が取りやすい全学部共通講義の会話をしても、
 彼女は食い付かず、このままイヤホン(嫌phone)はめるんちゃうかーという感じだった。


 そのうち食べ物の話しになったので、私はココゾとばかりに、豆腐にメンマを載せると美味いと力説した。
「ってーか、興味ないコト何回も同じこと言ってるしい〜!!」
 唐突にイチジョが人差し指で私を指刺して言った。
「二度バナ禁止だからハハハ」



 なんだ、その二度漬け禁止みたいな制度は?!……ここは串カツ屋じゃないよ。



 いやいやいやいやいやいやいや。
 嫌。


 私は現在、二男と会話をしていた。
 そして私は二男に対してのみ、話しを掛けていた。二男は、私に対してのみ、返答をしていた。
 そもそも、会話不参加のアナタ(イチジョ)には、会話が聞こえたとしても、それに対して発言する権利は無い。
 更には、現在に於ける我々の会話をワザと聴いたり、内容を記憶する権利も無い。
 それらの理由は、イチジョが私に背を向けて、イチジョが一言も発さない状況から明らかである。
 勿論、イチジョが故意に我々の話を聞いてなくても、イチジョの耳に自然に入り、また、その話しがイチジョにストックされることは、自然の流れなので良しとする。しかし、その情報をイチジョが使用、利用、流用することは許されない。
 よって、当ニショクでの会話の所有権は、私と二男にあり、イチジョには無い。



「可愛い顔してるけど、俺はブスと思ってるよ」とイチジョに言ってやろうか……。

 いや、それだと、私がイチジョを可愛い顔と認めたことになる。しかも、イチジョは私の事が嫌なようなので、私からブスと思われる、いわば、私のみから嫌われることは、双方が嫌い合うということとなり、イチジョからは願ったり叶ったりです。顔の造りだけ客観的に褒めてくれてアリガトとなってしまう。


 私は、どう言えば、女がギャフンとなるのか、アレコレ模索していた。



「キサマには聴覚所有権は無い!!」


 そう言おうとしたら、「じゃ俺達は不二家に行くんで」と、二男とイチジョがガガガと椅子を引いて立って鞄抱えて行ってしまった。




気分屋さんの恐怖

西暦2000年前後の時。
私の部屋には、CD―MDコンポがあった。
このコンポは、CDを一気に3枚入れることができ、MDを入れる所が上と下に2ヶ所あるという優れものだった。この2ヶ所の内の下のMDでは、CDの曲やラジオ番組の音声を録音できた。更に、上のMDから下のMDへも録音ができて、編集もできた。
しかし、購入して3年経った頃から、ややおかしくなった。
時々、上のMDの取り出しボタンを押すと、上が出ずに下のMDが出て来た。
「オマエちゃうがな!」
と、思わず関西芸人風のツッコミをいれてから、間違えて出てきちゃった方のMDの頭を引っ込めるのだが、これは笑って許せる。
しかし、このコンポは時々笑えない失敗を犯した。
当時、毎週、”放送室”というダウンタウンの松本人志のラジオ番組を聴いていた。この番組が滅法オモロかった。
だから、直接聞かずに、MDに録音しといて、後日じっくり聴いていた。
ところが、録音を失敗することがあったのだ。
通常、録音が終わると、ディスプレイに“writing”という文字が3~5回点滅して、データ書き込みが終わる。
しかし、文字の点滅が10回以上、30回も繰り返されて、挙句の果てに「ジージーカシャッ」と、MDが外に出てくることが、時にあった。
いわば、書き込み失敗という意味で、その日の番組は録音されていない。笑いと情報を渇望する私にとって、習慣化している番組が聴けない、観れないということは、食い物の恨みよりも恨めしいことであるから、笑えない。
しかし相手は機械だから、不用意に突っ込めば、ますますボケることになる。この点は芸人さんと一緒だ。しかし相手が人間ならば、ペチーンと頭を叩いても笑いがおこるが、機械の場合は、リモコンの命令に従わなくなったり、ひどい時にはこちらの手の骨が支障をきたしたりしてしまう。中学生の時、テトリスがクリア出来なくて、ゲームボーイの画面に鉄拳制裁をくらわして、画面をクリアにしてしまった友人がいたが、そんな結果は避けたい。
ゆえに、顔を真っ赤にして、拳を見えない血がしたたるほど握りしめて、「グムム~」とひたすら我慢するほか策は無かったのである。

以上より、機械にとって一番厄介なのは、時々おかしくなるということである。
常におかしいのであれば、壊れたと見なして処分すればよい。
しかし、時々オカシイの場合、捨てるのは勿体ないし、買い換えるには高価過ぎる。
私のコンポの場合、録音を失敗するのは、10回に1回ぐらいの割合だ。修理に出しても、"原因不明ですな修理代の方が買いかえるよりも高くつきますよ"という診断結果が出そうな症状である。完全に壊れて新しい製品を購入するまで、時々「グムム~」が続くのだ。

同時に当時の洗濯機も、時々ボケる電器製品の類だった。
洗剤を入れて、ボタン1つ押せば全行程を実行してくれる、ごく普通の全自動洗濯機だった。
だがしかし、時々脱水をとばしやがる。通常、洗い→脱水→すすぎ→脱水と進むはずが、洗い→すすぎ→排水で終わるから、洗濯物に洗剤泡がついているは、ビチョビチョだわである。
だから、洗濯をする時は常に見張っていて、脱水をとばした瞬間電源を切り、脱水に設定しなければならない。
時々の失敗があるせいで、洗濯機を回したまま、外出したり、風呂に入ることができないから非常に悔しい。

以上のような、気分屋さんと化した電器製品はどこの家にも居ると思う。
高校生の時の友人のステレオは時々、大音量になった。友人が夜、ステレオをつけたまま、トイレに入っていたら、ウルフルズのガッツだぜ!が唐突に彼の住宅界隈にこだました。近所の赤ちゃんや犬がパワフルに泣き出した。友人があわててトイレをとび出してからボリュームを下げるまでが、ボクサーがリングでダウンする時にアドレナリンが分泌されてスローモーションになる状態になったそうだ。激怒する両親に、霊のシワザと言い訳したそうだ。以来、友人が音楽鑑賞をする際には、ボリュームのツマミをずっと監視していた。

機能の向上よりも、時々ボケない電化製品を生産することこそ、メーカーの今後の課題といえよう。


本屋を通してキャラ考察

チェーン店や大型店ではない、個人経営の小さな本屋は、典型的な男社会である。
店主の殆どがオッサンだからだ。店員が1人だけの本屋に入って、20代の女性がレジにいることは、まず無い。7、8割がオッサン、またはお爺さんである。残りはオバさんかお婆ちゃんだ。
オッサンの店のレジ一帯は、誰も足を踏み入れることができない、オッサンのテリトリーだ。FMのオシャレな音楽番組ではなく、AMのTBS、文化放送ラジオで流れるオッサンのお話をバックに本を読んでいる。お爺ちゃん店員だと、NHKが圧倒的に多く、皆メガネで勿論コンタクトはしない。
客が本屋に入っても、「いらっしゃい」と言わない店が普通である。なかには、レジの横に小型テレビを置いていて、客が来ようがテレビ画面から目を離さない強者もいる。
しかし、このような店員を無愛想だと思わないのは私だけであろうか?
いやむしろ、このオッサンは優しくていい人だと思えてしまう。物言わぬ店員は、立ち読みしているお客さんの迷惑にならないように静かにしておくという配慮をしているかもしれないのだ。
また、エロ本の占有率が異常に高いのも特徴だ。「いっそのことエロ専門店にした方が、男性層をガッチリ掴めるんじゃないっスカ」とアドバイスしたくなるほどの"ほぼエロ本屋"もある。配置もあまり考えてなくて、芥川賞作家の本郡と僅か3cmの木板で隔てた所に、“白昼濡れ濡れ~”なんていうタイトルの文庫本があったりする。

なにはともあれ、オッサン店員は物静かな人が多いわけだが、例外もある。
私が中学生の時に初めて、ある本屋に、母と一緒に問題集を買いに行った。店主は鼻の下に髭を生やしたオッサンで、毎日丁寧に頭を剃っているようで、見事にツルツルだった。
私が本をレジに持っていくと、オッサンが、「今年受験?」と聞いてきたので、「はい、そうです」と答えると、「がんばってね」とにっこりしながら、本を紙袋に入れてくれた。私は「ありがとうございます!」と言い、母はその光景を微笑ましく眺めていた。

それから数日後、学校で友人が、
「傑作オヤジを見つけたから、見に行こうや」
という話しを持ちかけてきた。
なんでも本屋の店主で、超潔癖症らしい。商品の本を大事に扱っていて、立ち読みしようものなら、「コラッ!」と本を取り上げ、白い布でゴシゴシ指紋を拭き取るらしい。その必死な様を観察するために、仲間3人で立ち読みしに行くことになった。
自転車で問題の本屋に到着した時、「あちゃー」と思った。
先日、母と問題集を買った所だ。この本屋のオッサンからみた私は、"感心できる勤勉な受験生"といったところであろう。しかし今日は、不真面目なイタズラ坊主である。
以前と真逆のキャラを演じるのは心苦しい。優等生が悪ガキと認知されてから怒鳴られるまでの、空気と間の悪さのなんたるか。想像しただけで、頭をかきむしる程恥ずかしくなる。
しかも、本屋に1人ずつ入ることになった。ジャンケンで勝った順に店に入り、他のメンバーは外から観察。1人が怒鳴られて店を出たら、次のガキが店に入る。そして最後のガキは、エロ本を立ち読みしなければならない規則になったのだ。
もはや計画は決定し、我々は運命共同体である。今更抜けるなんていったら、一生腰抜けと呼ばれる雰囲気だ。
こんな時に限って事態は最悪。晴れて私はオオトリのエロ本担当となってしまった。
トップバッターの友人が入る。オッサンは友人をジロッと見て、全く目を離さない。悪ガキが本を手にとり、パラパラ頁をめくるやいなや、オッサンは至近距離であるのに、首を曲げた前傾姿勢で猛ダッシュ! ⊿t秒で友人の本を取り上げた。
オッサンが牛なら友人は闘牛士で、本はカポテ(牛を挑発する赤い幕)といったところか。えらく興奮している様子が外にも伝わってきた。
戻ってきた友人が、「頭のてっぺんまで血管が浮きでとった」と言った。もう1人の連れはゲラゲラ下品に笑っている。その悪ガキが怒られて、いよいよ私の番がきた。3番目ともなれば、店に入って即座に共犯者だとばれるし。あ~やだやだ。

冷んやりズシリとしたガラスドアを開けると、オッサンの視線を右目の片隅で感じた。私はびっこをひいたような足どりでエロ本コーナーに向かう。

(オッサンへ ごめんなさい 今日は優等生ではございません なるべく早く叱って下さい 大至急 私のキャラをクソガキに位置づけて候)

心臓をドキドキさせながら、エロ本をめくった。

しかし、オッサンはこちらに来ない。
なんとそれどころか、奥の部屋に引っ込んでしまった。

恐らく、オッサンも"優しいおじさんキャラ"から"カミナリオヤジキャラ"に変身することが、気持ち悪かったのだと思う。
オッサンにも、自分のキャラ設定についての心がけがあったのだ。


視覚所有権の是非

しょっちゅうボーっとする。
特にポカポカ陽気の日は、断続的にボーっ、ボーっ、ボボーっ、
ボ!とする。

「なに、ボケーっとして!」
と、小学生低学年の時から頻繁に、母や先生から注意されたものだ。
授業と授業の間の5分休憩の時は決まって、席に座ったまま、机に立てた肘に頬を預けた状態で、ボヤーーーっと1点を見つめていた。
目の先は、グランド、遠くに見える山、青い空などの、いかにも心が洗われる風景ではない。目先は、真ん前に座っている、クラスメートのまるめた背中の中央であったり、3列前の机の横についている、給食袋をひっかける鉄であったりだった。
全く瞬きをせずに、某一角をぼんやり見続けるだけの行為は、非常に気持ち良い。仮眠(もしかすれば仮死)に近い状態であろう。
他のクラスメートは教室を走り回ったり、友達と至近距離なのに大声で会話をしたりしていたので、騒々しい。しかし、この周囲のざわめきが、全て混ざって一つのネで聴こえるようになったとき、騒音はG線上のアリアのごとく心地良い癒し系の曲となる。精神は至福に至り、机の横を走る一年坊主が我が上腕に当たった所で、ボケーーーーーが覚め無くなれば、達人の域である。
はたから私を見れば、「どこ見とーだ!」とツッコみたくなる表情であろう。ポカンと口を開ければ更に昇華できるのだが、あまりにマヌケな顔になるようなので、色気づいた時期にやめた。

大学時代に起こった出来事である。
ある昼休みの時、次の授業の教室で席に座った。その授業は大講義室で行われていた。簡単に単位がとれるせいか、受講者がぞくぞく入室してきていた。
椅子の背にもたれかかっていたら、いつしかボケーがやってきた。左斜め前の教卓下方を、焦点を合わさずにぼんやり見つめていた。
やがて、その視界に、赤いセーターが入ってきて、教卓が遮られた。私の目と、教卓の間にある席に、女性が座ったのである。その娘は、もう1人の女友達と横並びで座り、楽しそうに会話をしていた(ただし、その時はボーっとしているので、そこに女性がいて、会話しているという意識は私にはない)。
視界の中で、女性の右腕が上下に揺れていた。その揺れが、リズム良く穴を掘るボーリングの映像として視神経に取り込まれ、心地良さが増す。突然、その娘が後ろを振り向き、私の方を見た。
しかし、私はそれに気付かずに、相変わらずボーっと一点を見ていた。
するとその娘は、不審な顔でチラチラこちらを見始めた。
恐らく彼女は、私にジーっと凝視されているように感じたのだろう。彼女の猜疑心に気付いた時はもう遅し。彼女は私をいぶかしがりながら、隣りの友達と会話をしていた。
「なにあれ、ずっと私を見てる」「うっそー、超キモい。ストーカーじゃん!?」
彼女らの表情から察するに、このような会話が繰り広げられていたことだろう。
私はあわてて目を反らし、これ以上気持ち悪がられないように、彼女らの方向を二度と見ないように努めた。

しかし、落ち着いて考えてみると、だんだん腹が立ってきた。
彼女らに、以下の抗議をしたくなった。

「最初にあなたの座った場所を見ていたのは、僕ですよ。あなたが後から僕の視界に入ってきたんじゃないですか」

私は、彼女らが居ない時から、その場所を見ていたのである。人の視界に後から入ってきておいて、「あの人、私のことを見てるわ」なんて解釈をされる筋合いはないのだ。
例えば、電車の席は最初に座った人の席になる。それと同様に、
“ある空間は、それを最初に見ていた人の空間である”
とするべきである。
これを視覚所有権として、法律で制定して欲しいものである。